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“すべてがFになる” で作者が本当に伝えたかった事とは?

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“すべてがFになる” で作者が本当に伝えたかった事とは?

こんにちは、こんばんは、本日もナノマテをお読み頂きありがとうございます。
izm(いずむ@Nanoマテリアる。)です。

最近のアニメの中で、僕が一番興味をもって見れた作品が“すべてがFになる”です。ネットではどんな評価なのかなぁと調べると、意外にも推理やトリックの部分に対する感想が多かったのですが、これにはとても残念、この作品を通して“作者が世の中に訴えたいこと”にたどり着いている人が少ない。僕はそう思いました。なので今回は“すべてはFになる” で作者が本当に伝えたかった事とは?と題し、この作品が単なる推理小説ではない理由と作者が訴えたいことを僕の持論で述べていきたいと思います。

       

“すべてがFになる” で作者が本当に伝えたかった事とは?

全ての答えはラストシーンにある

“すべてはFになる” で作者が本当に伝えたかった事とは?

作中最終話のラストシーンで真賀田博士とその娘ミチルの会話シーンがあります。下記が博士の台詞。

一人一人の人間の存在がその周辺に影響を与えます。
でも人は周りの人や物の為に、存在しているのではありません。
つい誰かのためになりたい、皆の役に立ちたい、それを自分の存在の理由にしたいと考えがちなのです。
存在の理由をわからないままににしておけないのね。常に答えをほしがる。
それが人間という動物の習性です。欲しがる事は間違いでは有りません。
しかし、そこに完全なる答えなどないのです。

2分くらいの短いシーンなのですが、博士の考えていた事、又作者が作品を通して伝えたいことが明確に描かれています。要は『私とは何者か?』なのです。自分自身への問いを積極的に行わない現代人への投げかけ。これが作者が訴えたかったことだと僕は思います。そして、これと全く同じテーマを生涯に渡って書き綴った明治の文豪がいます…そうです、夏目漱石です。

夏目漱石と同じテーマだった

漱石もまた、Fの作者のように『私とは何者か?』を問い続けてきた人の一人として有名です。漱石の小説は純文学と言いながらもきちんとストーリーがあり、哲学的な内容を全面に押し出した内容ではありません。主に自分の経験した自我への問いを、ストーリーのある中で主人公に充てがう手法なのです。ただの哲学書では誰も見てくれないからなのか、反社会的だと思われてしまうからなのかの真義は分かりません。しかしこれは“紐解き”が好きな方には非常に面白いですよね。Fの作者も表向きは推理小説といった枠組みで仕上げていますが、実際の内容はとても哲学的です。特に先に述べた博士の台詞をみると、これはなんとも小説家らしい問いだと、そう思います。作者が漱石好きなのかは分かりませんが、オチで大どんでん返しを狙うばかりの最近の作家よりかは格段面白く、良い作品だと思います。

       

まとめ

では、まとめます。“すべてがFになる” を通して作者がリスナーに本当に伝えたかった事は、“『私とは何者か?』を自分自身に問いて欲しい” という事である。うむ。さて、今回は僕の持論を述べましたが、どうもちまたではトリックの内容が凝っていて面白いという評価に偏りがちの様です。そこはあくまで惹き付けの要素の1つでしかないのだから、作品として最も重要な“作者の伝えたいメッセージ”を読み取ってみたら?と僕は思いますよ。

あとがき: izm(いずむ@Nanoマテリアる。)はこう思うよ。

『私とは何者か?』これは僕も生涯かけて悩んでいたいテーマなのですが…その答えは考え・悩み続けること、だと思います。この問いは前提として、他者(社会的)の関与を許さない、許すとそもそもの意義が破綻してしまう。しかし困った事に“個”とは単体ではあり得ず他者との中に存在できるもの。もうおわかりですよね?…要するに答えがでないということは確定しているのです。なので答えは“考え・悩み続けること”なのです。因にこの作品、ドラマはいまいちなので…原作とアニメがオススメですよ。

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